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ルーの救出

 最初のお産が8:00、ルーの生まれたのが11:00、つとむが11:30。ルーのことはとても心配で、私もR子も、時折、見には行きましたが、力尽きる様子はなく、常に活発に動き回り、懸命に、必死にギャーギャーわめいていました。多分おっぱいを探して、ひたすら泣き続けていたのです。しかも、放置されている約2時間の間ずーっと。

 13:00過ぎ、部活を終え、S君が帰ってきました。S君は、クーの誕生は見届けてから出かけています。クーの誕生後、次がなかなか生まれてこない不安の中で、私は中学校に電話し、何とかS君を早く戻してもらえないかと、先生に懇願までしてしまっていました。S君は大の動物好き、人間より動物が好きで、動物にやけに詳しく、動物の気持ちも良く分かり、ナナとはかなり意思の疎通が可能です。

 私が状況を説明すると、S君はすぐさまルーの所へ飛んでいき、「一体何をやっているんだ!」と怒りました。「足が1本無いから、生きていても却って可哀そう・・・・それに、ナナが育児を放棄してしまう・・・・」と私が言うと、「足が1本無いくらいがなんだ!ナナが育てないんだったら、俺が育てる!」とすごい剣幕です。「お父さんが、間引け!と言っているし・・・・」と私が言うと、S君は夫に電話し「殺すのが獣医か!生かすのが獣医だろ!」と喧嘩ごしです。

 日頃夫は負傷した競走馬の処置判断に関わっています。馬は足が1本折れると、生きていくことが出来ません。横たわった状態では生きていけないらしいのです。競馬にももう使えません。辛い思いをして死を待つよりは、安楽死の方が、馬自身にもかえって良いらしいのです。馬なら、絶対安楽死です。犬だって、足が1本無い犬なんて、売れませんし、ただで譲ろうにも引き取り手は無いでしょう。第一、歩けるようになるのか?どうやって世話をするのか?でも、「生かすのが獣医だろ!」というS君の言葉に、夫はハッと目が覚め、「じゃあ、やってみろ!」ということになりました。

 S君が、ギャーギャー泣き叫ぶルーを連れてくると、案の定、ナナはパニック。どうしてよいのか分からず、どこかへ逃げだそうとします。S君はナナの首輪をグッとつかみ、「ナナ、大丈夫だよ、大丈夫だからね。」とやさしく何度も何度も声をかけ、嫌がるナナをどうにか押さえつけ、ルーにおっぱいを吸わせました。ルーが一旦おっぱいを飲み始めると、さっきまでのナナが嘘のようでした。寝そべってゆったりとおっぱいを飲ませ始めたのです。おっぱいが飲める仔犬だったんだ、と初めて分かり、ナナも安心したかのようでした。

 生まれてすぐの赤ちゃんは、とても弱く、手厚いケアが必要、とそれまで私は思っていました。でも、生まれてすぐの赤ちゃんは、生きようとする意欲に満ち溢れている、決して弱い存在ではない、とルーで分かりました。ルーの生きようとするその必死さに、誰もその生きる方向性を遮ってはいけないのだ、と思いました。

 篤志の方々のご寄付により、フォルテピアノが、西方音楽館 木洩れ陽ホールに設置されました。
 クリストファー・クラーク1994年製
(A.ヴァルター1795年モデル)
 故小島芳子愛用の名器



 





「3本足のルー」が完成しました。ルーが教えてくれたことは、「子供が育つ」ということ、さらに「人間が育つ」ということへの、励ましとヒントになりました。