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ルーが歩けた!?

 ルーがいつ歩けるようになったのか?家族の誰に聞いても、その瞬間を記憶にとどめている者はいません。

 私はもちろん、家族も皆、毎日、毎日、仔犬4匹の育犬に必死でした。

 1日数回の離乳食。数時間前にドッグフードにお湯をかけふやかし、練ってドロドロにしてから与えていました。

 食べれば、当然出るものがあります。食べる量が少なければ、出るものも小さいのですが、食べる量が増えれば、出るものも大きくなります。小さいうちは、ナナが全部食べていました。でも、次第に食べきれる量ではなくなりました。

 外用の木製の柵をリビングに設置し、その中に仔犬を閉じ込め、柵の床全体にトイレシートを敷き詰めておきましたが、出るものが出たらすぐに取り替えないと、あっという間に仔犬たちは汚物まみれとなってしまいます。

 離乳食の準備も大変でしたが、ルーだけ特等席で、仔犬4匹に食事を与える離乳食タイムは、想像を絶する大変さでした。平日日中は私一人でこれをこなさなくてはなりません。

 その上、母犬ナナの世話や散歩もあります。この犬たちの世話だけで、相当時間を取られてしまっていました。

 このほか私には、家事、ピアノやわらべうたの仕事、R子の下校時の迎え、R子の友人宅への送迎、夫の食事療法・お弁当づくり(仔犬が生まれる直前から始まりました!)、頭の中では常に3種のメニュー(夫、姑、子供達それぞれが食べられる3種異なるメニュー)が駆け巡っていました。常に複数のことを同時に考えながら行動し、朝から晩まで時間に追われ、ゆとりなどというものは全くありませんでした。初めは取っていた育犬日記ですが、記録を取ることなど、次第にいつの間にか、もはや意識に上らなくなっていました。

 生まれて2週間後、初めに歩いたのはクーでした。立ち上がって、ヨロヨロと歩いてはお尻を着き、を繰り返すと、あれよあれよという間に歩き始めました。育犬日記の記録は残念ながらここで終わっています。チャ―リー、つとむも、直ぐに後に続き、歩き始めたはずです。でも、ルーは、匍匐(ほふく)前進の時期が相当長かったと記憶しています。

 その瞬間を誰も覚えてはいないのですが、前足2本で、後ろ足を引っ張るように匍匐前進していたルーが、いつの間にが、気が付いたら、逆3輪車のように、前足2本と後ろ足1本で、後ろ足を幾分ポンポンと跳ね上げるように、走っていたのです。ぴょんぴょん飛びながら走っている感じです。3本足であることなど、まったく気にする様子もなく・・・

 篤志の方々のご寄付により、フォルテピアノが、西方音楽館 木洩れ陽ホールに設置されました。
 クリストファー・クラーク1994年製
(A.ヴァルター1795年モデル)
 故小島芳子愛用の名器



 





「3本足のルー」が完成しました。ルーが教えてくれたことは、「子供が育つ」ということ、さらに「人間が育つ」ということへの、励ましとヒントになりました。