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ルーが教えてくれたこと

 「プラスはマイナスであり、マイナスはプラスである。」
 「人も、皆、3本足のルーである。」
 これが、ルーが教えてくれたことです。
 人は皆3本足。完璧な人なんていないと思います。3本足だから、足りないもう1本の足の所を補おうとして頑張るのです。補いきれないところは、他の人が助けてくれるのです。
 ルーが3本足で、心も体も傷つき辛い思いをしていたから、S君は頑張ってルーを助けたのです。ルーが3本足でなかったら、S君の「気づき」は遥かに遅れたことと思います。ルーが3本足だったから、S君とR子は、協力してル―に愛情を注いだのです。共に、ルーを可哀そうに思い、互いに、代わる代わるルーをなでたり、抱きしめたり、優しい言葉をかけてやったり、ご飯を食べさせてやったりしていました。
 S君は、欠陥人間。3本足のルーです。だから、学校が嫌いで、波長が合わない場所であるにもかかわらず、S君に手を差し伸べる先生が現れ、その結果、S君は信頼できる先生に出会えたのです。最悪であった高校においてさえも、同様に、今だに慕う先生と出会えたのです。
 S君は、3本足のルー。とても普通には生きられません。それ故、S君は自分の生きるべき道を必死で見出し、切り開き、真剣に生きるようになりました。
 私も、完全に3本足のルーです。私の中に、ドーンと欠落している部分があり、その性格的・能力的欠陥ゆえ、子供の時からずっと苦労してきました。でもその欠落部分を補うべく努力を重ねた結果、今では、私の別の能力がその部分を覆い(覆いきれてはいませんが)、また、友人、知人、家族が、見るに見かねて助けてくれています。
 自分はダメな人間、欠陥人間、と思い込んでいる人は、決してそれ故に悲観的になったり、落ち込んではいけないのです。誰でも、欠陥人間として生きていって良いのです。そうすると、それを補う別の能力が養われたり、またそれを補ってくれる他の人に出会えたりするのです。
 一人の人間の体で考えても、手が不自由であるなら、足が手の代わりになります。目が不自由であるなら、耳や触覚が鋭敏になります。性格や能力、人と人との関係においても同じはずです。
 人は独りでは生きていけません。欠陥ある「3本足のルー」同士が、欠陥を互いに補い合い、助け合って生きていくのです。
 マイナスは、プラスへの道です。
 私はルーのために、たくさんの涙を流し、たくさん祈りました。
 S君のためにも、たくさんの涙を流し、たくさん祈りました。
 ルーは、今では、ナナの愛情をたっぷり受け、ナナに耳やら、おでこやら、目の周りやら、たくさん舐めてもらって幸せいっぱいです。
 S君は、曲がりなりにも、自分で決めた道を進み、独立しようとしています。

22歳のS君から16歳になったR子への、ハピバline
「良い恋愛をしろ、友達を大切にしろ、なにより自分を大切にしろ、たまには親の言うことも聞いてみろ、そう、たまにでいいから。」

マイナスは、プラスに変わりました。

散歩中のル―

つとむ、ナナ、ル―、仲良く散歩中。

 「3本足のル―」執筆中2015年1月25日つとむが亡くなりました。8歳。まだまだ、体力も元気も旺盛でしたが、癌の末期と分かってから、わずか2週間で、みるみる具合が悪くなり、力尽きました。生まれた時、鼻をすすってやり息を吹き返してから、8年間、自由奔放に、天真爛漫に、生きてきたつとむ。最後につとむの思い出を少し載せます。
生後2カ月のつとむ

目が澄んでいてとてもきれいで、顔も女の子みたいにきれいでしたので、女装させられたつとむ。生後8カ月。

お気に入りのソファーで、夢見るつとむ。

サングラスが良く似合うつとむ。

つとむ8歳の誕生日2014年11月12日ル―8歳の誕生日 2014年11月12日母犬ナナ12歳と3カ月。2014年11月12日

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 篤志の方々のご寄付により、フォルテピアノが、西方音楽館 木洩れ陽ホールに設置されました。
 クリストファー・クラーク1994年製
(A.ヴァルター1795年モデル)
 故小島芳子愛用の名器



 





「3本足のルー」が完成しました。ルーが教えてくれたことは、「子供が育つ」ということ、さらに「人間が育つ」ということへの、励ましとヒントになりました。