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S君の激動期

命を助けてくれたS君と一緒。まるで恋人。至福のルーちゃん。 ナナの困難な出産に立ち会い、我が身をも顧みない育児を目の当たりにしたS君。兄弟や母犬のナナからも、うとまれいじめられ、どんどんいじけていくルーに、愛情を注ぎ、生きる意欲を回復させるべく奮闘したS君。そんな過程で、ごく自然な成り行きで、無自覚的であったかもしれませんが、ルーに、自分、そして恐らくR子を重ね合わせ、またナナに私を重ね合わせたことと思います。

 S君はゆっくりと変わり始めたのです。

 S君は、元々ずば抜けた集中力を持っている子でした。生後数ヶ月、まだはいはいも出来ない頃、お蒲団に寝ているS君をふと見ると、自分の手をちょうど顔の上にかざし、しげしげと眺めています。飽きることなく眺め続けています。それはかなり長い時間でした。哲学者のようでした。天井からつるしてある、スイッチを入れると音楽を鳴らしながらくるくる回るおもちゃも、抱っこして見せてあげると、これまた、飽きもせず、長い間じっと眺めています。手で触って確かめたりもしつつ。

 歩けるようになり、外遊びに毎日連れ出すと、おもちゃはほとんど必要なく、興味を持ったどんなものからも遊びを引き出しました。土、草、あり、だんご虫、葉っぱ、何でもおもちゃになりました。遊び始めると次から次へと面白いことを考えだし、遊びは止まりませんでした。

 同じ年ごろの子が遊んでいる公園に連れて行くと、せっかく作ったもの、作りかけたものを、必ず壊されるので、小さな子が遊んでいる公園は嫌がるようになりました。ずっと年上の小学生と遊ぶのを好むようになりました。

 S君は、ある意味、天才的でした。直観的に物事を捉える才に恵まれていました。ライオンに興味を持ち始めると、ライオンの絵を描き、粘土でライオンを製作するようになりましたが、初めは、不格好な作品だったものが、熱中して作り続けて行くうち、本当に生きているのでは!と思うほど、作品に命が宿るようになりました。

 しかし、別の面では、どーんと欠落しているところがありました。欠落している、と思われる部分は、出来ない、というより、自分の意志によって、あえてやらない、のです。自閉症では無いのですが、自閉的性格です。自分の世界が確固としてあり、何ものにも侵させることはありませんでした。波長が合わないものは、合わないまま過ごします。

 幼稚園・学校は、波長が合わない場所でした。学校で楽しく過ごせたのは、信頼できる先生との交流があった中学校のほんの1年半だけだったかもしれません。その後進学した高校もS君にとっては最悪の場所でした。

 そんなS君が、中学校で信頼できる先生に出会いました。

 S君は、中学校が大嫌いでした。学校の勉強も宿題も嫌い、先生も嫌い、学校行事も大嫌いでした。学校で唯一好きなのは部活だけ、部活以外では学校には自分の居場所は無い、と思っていたのです。中学校は、ただ部活のためだけに通い、朝練が終わると、放課後の練習が始まるまで、ひたすら我慢して過ごす、という毎日でした。部活の先生は太っ腹な方で、そんなS君をおおらかに見守って下さいましたが、教科に関わる先生では、そんな自分を理解してくれる人は居ない、とS君は思っていました。成績は下から○番目。やる気が無いテストは、やらないで出すこともありました。学校の先生は反抗の対象でした。クラスのみんなからも「変わり者」と思われていました。

 中学1年生のある日、上着の下にビービー弾の銃を忍ばせ、学校で女子生徒目がけて発砲したS君。世間では、学校内での生徒間での傷害、殺人事件などが報道されていた頃です。学年主任の先生は「悪気は無い」と判断し、事を大きくせず、公けにせず、反省文を書かせるだけの処置にして下さいました。この時S君は「生徒のことを大切に思ってくれる先生もいるんだ」と思ったそうです。

 ちょうど仔犬が生まれる1年ほど前、中学2年生の後半、この先生が一時期産休の先生の代わりにクラスの担任となり、S君によく言葉をかけ、S君が興味を持ちそうな話題で、たくさんおしゃべりして下さいました。このころから、S君の心に変化への兆しが見え始めたのです。中学3年の後半、仔犬が生まれたことを真っ先に報告した時も「貴重な体験ができたね」と、一緒に喜んで下さいました。

 たった一人、そんな先生に出会えただけで、S君はクラスでしだいに心を開くようになりました。中学3年になって担任の先生が変わっても、心を開くという方向性は変わらず、他の先生方やクラスの仲間とも、心を開いて付き合うようになりました。
 このような精神的変化を下地として、ルーの誕生、育犬を経験したS君は、ゆっくりと180度変わっていったのです。

 篤志の方々のご寄付により、フォルテピアノが、西方音楽館 木洩れ陽ホールに設置されました。
 クリストファー・クラーク1994年製
(A.ヴァルター1795年モデル)
 故小島芳子愛用の名器



 





「3本足のルー」が完成しました。ルーが教えてくれたことは、「子供が育つ」ということ、さらに「人間が育つ」ということへの、励ましとヒントになりました。