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(1)クラヴィコードに思うこと

演奏中の横山博氏 2014年11月24日(月)西方音楽館木洩れ陽ホールで、横山博による「インヴェンションとシンフォニア全30曲演奏会」のクラヴィコード公演を開催しました。
 その直前、横山氏から事前に聴いてほしいとの由、椅子を並べる前のホールで、たった一人の聴衆のために弾いてくださいました。
 クラヴィコードは、とても小さい音、響きも幽か、と思っておりましたが、がらんとした木洩れ陽ホールに美しく豊かな響きで、小さな音から、大きな音まで、繊細にうつろう音楽の襞が耳に心地よく、低音もオルガンを連想させるくらいの豊かな響きでボン、ボンと鳴り、素朴な楽器の意外な威力に驚きました。
 さて、本番では、やはり、その時程の威力は残念ながら発揮しませんでしたが、繊細な美しさは、喩えようもなく、クラヴィコードの魅力を再認識できたコンサートでした。(誤解のないように、説明しますと、椅子や人間は、音、響きを吸ってしまう、吸音材になってしまいますので、聴衆の入るコンサートでは、音量も響きも減少してしまうのです。お陰さまで満席でしたし。)
 こののち12月2日(火)近江楽堂にて、上尾直毅によるC.P.E.バッハのみの「クラヴィコードリサイタル」を聴きました。実は上尾氏のソロを聴くのは初めて。繊細な美しさと確かさを兼ね備えた演奏で、やはりうわさ通りの実力者であることが体験できました。


大小2台のクラヴィコードを使用しました クラヴィコードは、父J.S.バッハも息子C.P.E.バッハも、どちらも大変好んだ楽器。独りで、音楽の美しさ・深さを堪能、また追求するのに、あるいは親密な家族や友と、美しい時間を分かち合うのに、大変向いている楽器であると思いました。




調律中の上尾直毅氏 J.S.バッハは、家族思いの人。バッハが、息子の教育のために書いた「インヴェンションとシンフォニア」、そしてそれを学んで育ったC.P.E.バッハの作品。息子の飛躍には驚くばかりです。
 私が、初めてクラヴィコードに出会ったのは、20歳の頃、芸大の学生寮内、「猛毒素」と呼ばれた先輩の部屋で。やはり、私一人のためにC.P.E.バッハの確かファンタジアを弾いてくださいました。しかし、そこには、クラヴィコードの良さに、気付けなかった未熟な私が居ました。

 

 

 篤志の方々のご寄付により、フォルテピアノが、西方音楽館 木洩れ陽ホールに設置されました。
 クリストファー・クラーク1994年製
(A.ヴァルター1795年モデル)
 故小島芳子愛用の名器



 







「3本足のルー」が完成しました。ルーが教えてくれたことは、「子供が育つ」ということ、さらに「人間が育つ」ということへの、励ましとヒントになりました。