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東京文化会館小ホールにて
※コンサート会等はイメージです
2009年4月11日
東京文化会館小ホールにて
小倉貴久子 「ピアノの歴史」 レクチャーコンサート
上野の山に桜の花咲く季節に重ねて、上野の森の文化施設で催される「東京・春・音楽祭」の一環です。コンサートやレクチャーコンサートが3月中旬から4月中旬まで連日のように開かれる、大規模な音楽祭です。
ピアノが誕生して約300年。ピアの第一号を生み出したクリストーフォリ(1655~1731、フィレンツエ。1700年までにはピアノの種々の機構を発明し、その後何台ものピアノを製作しました)、モーツアルトやベートーヴェンが愛用したヴァルター(1752~1826、ウイーン)、ショパンやリストが愛用したエラール(1777年工房設立~フランス)、そして最後に現代のスタインウエイ、4台のピアノを聴き比べるという、貴重なコンサートでした。
ピアノが誕生する以前の鍵盤楽器はパイプオルガンとチェンバロとクラビコードの3種でした。パイプオルガンは段階的音量の変化(ストップの種類とその重ね方によって)、音色の多彩な変化は可能です。チェンバロもパイプオルガン程ではありませんが、段階的音量の変化(大きめな音と小さめな音)と数種の音色の変化は可能です。でもどちらもストップの操作によって変化するのであって、演奏中の打鍵によって変化するものではありませんし、またクレッシェンドやデイミヌエンドは不可能でした。唯一クラビコードは打鍵によって音の大きさを変えることができ、繊細な表現が可能な楽器でしたが、なにせどう頑張っても音量が小さすぎ、小さな部屋向きの楽器でした。折しも時は疾風怒濤時代へ向かい、繊細かつダイナミックな音楽が求められ始めた時代です。
ピアノやフォルテ、クレッシェンドやデイミヌエンドが自在に操れるピアノ(ピアノとフォルテが出せる楽器なので、はじめはピアノフォルテ、あるいはフォルテピアノと呼ばれていました)という楽器がイタリアで発明されるや否や、どんどん改良が加えられつつ、ウイーン、イギリス始め、ヨーロッパ中に広まり、鍵盤楽器の主流に台頭しました。
さて、当のレクチャーコンサート,第1曲目は、クリストフォリが発明したピアノのために、ジュステイーニが作曲した史上初のピアノソナタです。音量が小さく、素朴な音でしたが、それぞれの声部の音が鮮明に聴こえ、装飾的かつ繊細な音楽にぴったりでした。
2曲目モーツアルトのロンドニ長調K.485、3曲目ベートーベンのピアノソナタ「月光」は、ヴァルター作のピアノで聴きました。音量は大きくなり、また音に輝きが出てきました。モーツアルトの快活で、優雅な曲は一粒一粒の音が美しく輝いて聴こえました。ウナコルダに相当する弱音効果は、ハンマーと弦の間に薄い布を挟みます。また音の持続のためには、膝でダンパーを上げて弦を開放します。「月光」の一楽章はダンパーを開放した状態で弾き続けるよう、ベートーベンの指示があるらしいのですが、音の混ざり具合が、現代のピアノよりも軽いあるいは薄い感じがして、混ざりすぎず、さらにこれに弱音効果が加わると、薄絹を透き通して見る風景のような美しさがあり、この世のものとは思われぬ幻想的雰囲気が顕れました。
休憩の後、ショパンの「幻想即興曲」、リストの「ラ・カンパネラ」、「愛の夢」をエラールのピアノで聴きました。音がさらに華やかで、鮮やかで、艶のある美しさとなり、細かい音の連なりはきれいな笛が鳴り響いているようでした。その後、現代のスタインウエイでドビュッシーの「喜びの島」を聴きましたが、何だかエラールのピアノの後ではスタインウエイの音が霞んで聴こえてしまいました。それ程、エラールのピアノの音は美しかったのです。最後にアンコールでラヴェルの「クープランの墓」より「メヌエット」がエラールのピアノで演奏されましたが、これがことのほか良かったです。演奏者がお好きでお得意な曲、とも推察しましたが、音楽の優雅さとエラールの上品な輝きが、見事にマッチしていました。
音楽にとって進歩とは何なのか、考えさせられるコンサートでした。