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2つの「ゴールドベルク変奏曲」
2010年4月7日
2つの「ゴールドベルク変奏曲」
昨年12月23日、東京文化会館小ホールで、小林道夫。ついこの間3月26日、浜離宮朝日ホールで、大塚直哉。全く別世界の「ゴールドベルク変奏曲」でした。
緑に囲まれて湯布院に暮らしている小林道夫氏。事前にそれを知ったせいもあるのでしょうが、耳を澄ますと、鳥の声、風のそよぎ、虫の声しか聞こえない、また窓辺に座ると木々を吹き抜けてくる爽やかな風が、頬、腕を快くかすめて行く、私の実家の記憶が、いくつもの変奏を聴き進むやわらかな時間の中で思い起こされました。
実に自然な演奏でした。技巧というものは感じられず、この曲の難解さも感じられず。
この曲では38回目のコンサート、とのこと。小林道夫氏の心の中で、熟成された、「ゴールドベルク変奏曲」でした。
これに対し、大塚直哉氏の「ゴールドベルク変奏曲」は、繊細で壊れやすいガラス細工のように美しい世界でした。リュートのように絃の一音一音が明瞭に発音され、耳の感覚を研ぎ澄まして、その美しい音と音との繋がりを追っていました。また、この曲の、数学的ともいえる構造を意識しての演奏でもありました。まだ、未熟さはあるのでしょうが、回数を重ね、熟成を重ね、どう変わっていくか、将来がとても愉しみに思えました。
同じ曲でも、演奏する者が異なれば、立ち現われる世界は全く異なります。楽譜のままでは音楽になり得ない、演奏されなくては音楽になり得ない、音楽というものの特殊性。
同じ曲でも、別の世界が紡ぎ出される可能性を無限に包含する、音楽の特殊性。この面白さを、心底堪能した2つのコンサートでした。